古本 説話 集。 国指定文化財等データベース

「せりつみし昔の人」の歌か らは、薩妙観命婦との芹の贈呈を通じた贈答歌のやりとりがある。

専門は古代・中世文学。

表4 霊異記にみえる蘇生譚 史料 人物 記事 上4 願覚 大倭国葛木高宮寺、円勢師、近江、聖の反化、光を発す 上5 大伴 部 古連公 3日蘇、還活連公、難波居住・卒、僧都、聖徳太子、仙薬 上30 膳臣広国 3日蘇、備前国宮子郡少領、金宮、門を守る人、少子ちいさこ、経 中7 智光 9日蘇、河内国安宿郡鋤田寺沙門、行基沙彌、金楼閣、難波 中16 綾君の召使 7日蘇、讃岐国香川郡坂田里、鵜垂郡同姓の衣女 中25 布敷臣衣女 讃岐国山田郡、鵜垂郡同姓の衣女、金宮 下19 猴聖 舎利菩薩と号し、道俗帰り敬ひて化主とす 下22 他田舎人蝦夷 7日蘇、信農国小県郡跡目里、使4人、黄金宮、法花経、中の道 下23 大伴連忍勝 5日蘇、信農国小県郡嬢里、召使5人、大般若経写願、上の道 下26 肥前国火君 松浦郡、黄泉、物部古丸 2 智光の実像 1 説話・伝承による智光 蘇生譚 『霊異記』に見られる智光は、元興寺 飛鳥寺 官僧でなく、河内国安宿郡鋤田寺之沙門として、 鋤田連、後改二姓上村主一、母飛鳥戸造 安宿 であり、蘇生する僧として描かれる。

京童は、谷を見下ろして、あきれるやら口惜しいやら、呆然(ぼうぜん)と立ち並んで、下方を眺めていたという。

いずれも、 現実にはあり得ないことを記す。

惣=総、全ての意味から、 「全てはかなはざりけむ」の意味となるか。

28 「俊頼髄脳・古来風躰抄」日本古典文学全集50『歌論集』、小学館、1975年。

また、橘嘉智子も「せりつみし」説話と結び付けられる。

柏原市玉手町に行基伝承のある安福寺があるから、行基とも関連するのであろう。

5 米山孝子、『行基伝承の生成』勉誠社、1996年、109-110頁。

人気なきは、もし死に給ひにけるか」と、口々に言ふ音す。

5 二生の人 二生の人行基 智光は、白壁天皇の時代、即ち光仁天皇の時代に逝去したとされる。

15 米山孝子、註 5 、92-93頁。

それによせてつくりかさねたる心をよめり。

山岡敬和は、「山田白滝譚の主人公の名がその境遇を象徴的に表すものであったことは、後 に難題として詠まれる娘の歌において、二人の身分の違いと主人公とを懸詞にして表現するた めの構成上のことと推測される。

同じ木を切り食ふものならば、柱をも割り食ひてんものを。

参り物もあらじ。

27 」とする この意図することは、一つは真福田丸-田辺福麻呂の関係であろうか
まぶくた丸は智光なり 曽禰好忠集 芹摘春の澤田におり立て衣のすそのぬれぬ日そなき 春ことに澤へに生る芹の葉を年と共にそ我はつみつゝ 注 奥義抄類似歌は、『俊頼髄脳』『袖中抄』『和歌色葉』『古来風躰抄』『古本説話集』 『私聚百因縁集』『綺語抄・中巻』 続群類467 万葉集に、葛城王と薩妙観命婦の贈答歌がある
この歌は、言葉の一部が換えられて、各説話に取り込まれる 4 地理的環境 次に二人の地理的な関係をみる
これと同じ話が『宇治拾遺物語』中に「鼻長僧事」(二五)として収められている 「芹摘みし昔」には、「せり積みし」が掛けられている
17 」とする 事例の中に隠されたものを探す
ここに、真福田丸説話と名前の原点があるのではないか 26 2 せりつみし歌の謎 せりつみし歌は、献芹の言葉から、「お口よごし」、つまり、人への贈り物をへりくだって言う 言葉であるが、身分の低い者の高貴な女性を思う歌とされている
童名まふくだ、たふとくなりにけり しかし近年現地発掘調査の結果、この寺院趾は八世紀の 末期以前には遡り得ないことが明らかになったため、この地は東条尾平廃寺跡と呼ばれることになり、 鋤田寺跡はなお不明のままに残されている
『奥義抄』に「つくりかさねたる心を読めり」 とある 13 吉田靖雄『日本古代の菩薩と民衆』吉川弘文館、1988年105頁
地獄では、行基の入ることになる金の宮殿を見つつ、智光は、地獄の責め苦に遭うも のの、許されて蘇生し、難波で活動する行基に許しを乞うというものである ところが、この僧は異様な鼻の持ち主で、その長さは五、六寸、 顎 ( あご )の下までとどくほど
90