福沢 諭吉 年 表。 【小浜逸郎】福沢諭吉は完璧な表券主義者だった(その2)

学費を払う経済力はなかったため、諭吉が奥平壱岐から借り受けて密かに筆写した築城学の教科書(C. また、主・が金80両を投じて購入した『ワンダーベルツ』と題する書を写本して、を配列してそこに積極消極(プラスマイナス)の順を定めることやの電気説( [ ])を初めて知ることになる。

「とりあえず読んでみないと何とも言えないだろう」と考え、早速貸し出してもらい自宅で読み始めた。

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「賢い人と愚かな人との違いは、学ぶか学ばないかによってできるものなのだ。 この頃漢学を学び始める。 明治4年からここに慶應義塾を移転させて、「帳合之法(現在の)」などの講義を始めた。 大隈もその反対論者であり、また慶應義塾出身者も演説会や新聞でこの問題の批判を展開している者が多かった。 彼の残した言葉や教えには現代社会の問題へも通じる思想が語られており、今を生きる我々がもう一度考えなければいけないと感じさせる作品です。 『文明論之概略』を刊行する。 同書の中で諭吉は、の徴兵令改正を平等連帯の主義を推し進める「政府の美挙なり」と賛辞を贈った上で、徴兵は苦役であり逃れたいと思うのは当然の人情だが、一部の人のみがそれに当たるのは同国同胞の徳義において忍びない、徴兵逃れをせず平等に義務に服することが「我輩の願ってやまないところ」と述べた。
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