カルロ ウルバニ。 ベトナムからの手紙No132

南部メコンデルタでの腸チフスの調査、北部山岳県での少数民族中心の保健所のトレーニングと週末も返上するはめになった。

彼の希望で、肺組織も研究のために提供されたそうです。 彼も危険を感じていなかったわけじゃないと思うし、多分、身を挺して病原体を発見しようとしたわけでもないと思う。 人物 [編集 ] イタリア支部のを務め、に同組織がを受賞した際には、授賞式に参加する代表団の一人であった。 新型伝染病はベトナムのリスク 世の中にはまだまだしらない病気がひそんでいそうです。 彼は世界を救ったのである。 致死率が高いといいますから広がりが大変心配でした。 息子に電話してみると、「全部剥がれていないなら、そのままでいいんじゃないかなあ。 参考文献 [編集 ]• これは、もしかしたら天罰か? 女房が一人秋田に残り、豪雪の中で必死で雪と孤軍奮闘している時に、僕はテト正月休みを使って、プノンペンの友人宅に居候。 2020年4月22日閲覧。 歴史に学ぶことができるのが、人間のすばらしいところ。

SARSが流行した去年前半には、空気感染するという情報もあって、なかばパニックのようになっていた。

ウルバニはハノイの病院で診療にあたる中、自らもSARSに感染、27日後、46歳の短い生涯を閉じた。

ジャンルでさがす• 」と訊くと、「ああ、まあ。

毎日泳いで、ギターを弾いて歌っていた。

SARSの報告は、彼の命がけの貢献であったといえよう。

そのことをWHOの関係者やベトナムの保健政策責任者に説き続ける。

引き続き今後の展開は、注視していこうと思います。

飛行場に到着したのち、同僚が救急車を緊急手配。

SARSのあと、鳥インフルエンザのアウトブレイク、鳥から人への感染、新型インフルエンザ大流行の騒ぎと、世界は震撼し続けた。

医師の名前はカルロ・ウルバニ。